KYRGYZSTAN キルギス


第4位作品


 私が誇りに思うキルギスの文化

キルギス日本人材開発センター 4年
クレノワ・エルビラ


どんな民族もみな過去の文化遺産がある。私の個人的な意見では、キルギスの文化ではいちばんユニークなのはユルタだ。

 私のお祖母さんは自分でユルタを作った。私はその時お祖母さんの所に住んでいたから、よくユルタの何かを作っていた時に、興味をもってうるさく質問していた。お祖母さんが夜遅くまで模様を刺繍したり、フェルトから模様を切ったりしたことを覚えている。彼女は子供のときに両親といっしょにユルタに住んだ。私にユルタの長所と独特さについて聞かせてくれた。

 ユルタはキルギスの文化の共有財産である。ユルタは遊牧建築術と美術工芸の頂点だと思う。ユルタは自然材料から作られて命を象徴している。現在の建物は、コンクリートとかセメントとか金属から作られていて生気がない。その上ユルタは遊牧生活用式によく適応させた。ユルタの据えつけも分解も、少ない時間しかかからない。馬もらくだも運べる。

 ユルタのフェルトの覆いは雨を通さないが、暑苦しい日には涼しくする。冬にもかまどを暖めて、春まで暮らせる。また構造が簡単である。格子壁とドームと壁を連結している竿とフェルトの覆いだけだ。

 ユルタの内装もとてもおもしろいと思う。内部は四つに分けられた。トルという来賓席は入口の反対側にある。トルにお客さんと家族の年上の男が座っている。エル・ジャクはユルタの左側にある男の席だ。そこに若い男が座っている。夜そこで新郎新婦が眠っていた。エプチ・ジャクは入口に右にある。そこは柵がめぐらされた。柵のうしろに家財道具と食べ物があった。そして入口のすぐ左側にあったウラガという所に馬具があった。

 ユルタと関係があるたくさんの儀式と仕来たりがある。まず第一にユルタとこれの付属品を大事に使っていた。新しいユルタを立てたばかりの時は必ずお祭りが行われて、いけにえにされた動物の頭がドームから捨てられた。お守りとして毛のフェルトに古いフェルトの一切れが縫いつけられた。

 ユルタは遊牧民の神聖な宇宙だと思う。私にとってユルタは、宇宙のモデルに似ている。ユルタの各部分は深い象徴的な意味がある。ユルタは意味的部分に分けられる。右―左、来賓―家の者、男―女。これは全部「家は世界のモデル」という考えの表れである。ユルタと世界の関係はユルタの構造にはっきり見られる。ユルタのいちばん重要なシンボルはドームだ。ドームは保護と不運のシンボルで、人と外界を結ぶ。ほかの大切なシンボルはかまどで、住み慣れた家のシンボルだ。かまどのまわりで家族のすべての生活が過ぎていった。かまどは家族の統一者とか保護者であって、火は崇拝の対象だった。ユルタの方位も深い象徴的な意義をもつ。キルギス人はユルタの入口を東に作った。だからこのような東の入口から朝の光を受けて、あとはだんだん西に移動した。これは一種の時計になっていた。戸と敷居は外界と心の世界の境であって最も脆い所だと見なされていた。それで夜ユルタの戸を締めて保守的な象徴がある物を掲示していた。そのうえユルタの骨組は多数の模様のあるリボンで巻かれていた。そのリボンの魔法装飾は保護精力を放射していた。

 現在、私たちはアパートに住んでいる。それにもかかわらずユルタは私たちの生活のいちばん大切な時に使われる。それはお祭りと葬式だ。また機械化の時代にユルタは日常生活でも使われている。例えば、牧夫は一年中ユルタに住んでいる。夏イシククリ湖ではユルタを家やホテルやレストランとして使っている。

 それで私はユルタは文化財だけではなく、今でも使われている万能のものだと誇りに思っている。




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