KYRGYZSTAN キルギス


第5位作品

 

子供達のために私ができること

 

東洋言語文化大学 4年
タビルディエワ・ヌルスルー

 

 今日、キルギスタンは様々な問題を抱えております。私達の国は11年前に旧ソ連より独立した。自分の国の経済が発展すると思った人々はたくさんいましたが、この11年の間に逆に大きな工場が動かなくなったり、多くの会社が倒産したりしました。そこで、大勢の人たちは仕事ができなくなったり、給料が下がったりして生活は年々苦しくなってきました。

 しかし、生活レベルとは反対に衣食住は高くなっています。

 生活の苦しい家族の中には、両親は、アルコール中毒者になったり、子供の面倒もみなくなったりします。そして、子供は食べ物を求めて道にある大きなゴミ箱の中をあさったりして、そのために伝染病になったり、おなかが痛くなり苦しんだりします。でも薬を買うお金はありません。とてもかわいそうです。子供たちは皆かわいい顔をしているので、なおさら心にずきんときます。何とかして助けてあげたいのですが、すぐには何もできず、ただ同情と無気力、そして怒りが込み上げてきます。

 また子供たちの中には、お金をみつけようと、バザールへ行ってパンを売ったり、くつをみがいたりしてアルバイトをする者もいますが、すりやどろぼうになったり、暴力を振るう非行少年や麻薬患者になったりする人もいます。

 こうした状況をよくしたいと私たちの国には、メーリム子供基金などのじぜん団体があります。そこは優秀な子供の才能を伸ばすのに力をいれたり、時々、食べ物や服など貧しい子供たちにおくったりしていますが、子供たちの数はとても多いので、皆にはとても援助がいきわたりません。

 私の考えでは、このようなひんこんな社会状況では、私たちのキルギススタンの将来は良くなりません。学校のためにノートを買えない、カバンもない子供たちは村にはたくさんいます。

 そうしたことが原因で、学校にも行きたくなくなる生徒も増えています。先生の質もおちていて、教育は悪循環です。

 昔からキルギスタンでは「子供は私たちの未来」と言われ、この世に生まれて来た赤ちゃんは、社会の中で健全に育てられ、そして赤ちゃんが大人になると、その大人は自分の赤ちゃんを育てると同時に子供の時に育ててもらった両親や親せきの面倒を見るというシステムが、キルギス人の中ではぐくまれてきました。ですから、ちょっと昔まで老人ホームやこじ院などありませんでした。私は子供がしっかり教育を受け、病気であれば薬をもらい、学校にきちんといける世の中であるようにと願います。

 ところで、私はジャーナリズム学部の学生で時々テレビ局で番組制作の手伝いをしています。そこで私は、「子供たちを助けよう」というチャリティー番組をつくりたいと思っています。そこに集まったお金を貧しい子供たちに分け与えたいです。また、その番組では、子供たちの悩みを聞いてあげたり、テレビを見ている人たちと一緒に思いを分かち合いたいと思います。それが、今、子供たちにしてあげられることです。

 しかし、将来は個人的にもお金を稼いだり私の意見に賛成して参加してくれる人たちと一緒に教育センターをつくりたいと思います。そのセンターでは、人間関係の必要性、大切さを教えたり、子供たちが勉強しよう!、良い社会を作ろう!、と希望をもたせる教育をしたいです。そうすることが、キルギス社会を良くすることのために大切だと思います。

 私はこのような夢が実現できるように一生懸命勉強していきます。

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